東日本大地震

2011年10月18日 (火)

HUKUSHIMA!

ふるさとは

何も変わっていないように見える


でも


まだところどころにブルーシートの屋根

瓦が落ちてしまって雨漏りを避けるため


職人が少ないため一年以上待つことに

大工の従弟も忙しくて飛び回っているという


結婚式場の大きなガラスウインドーが粉々のまま・・・・

でも



地震の被災はそんなに感じなかった


もう半年以上も経ってるし・・・・・・?



それでも


以前のふるさととはどこか違う





放射能のせいで

なんだか

心が落ち着かない


そこに ずっと住んでる愛する家族ひとりひとりが

それぞれの不安を抱えている

でも

そこを出る決心がつかないと言う

長年築き上げてきた

家や仕事、やさしい人々に別れを告げることができない

もし

出ても

家は?仕事は?

生活する術は?

そんな不安が

毎日グルグル堂々巡り・・・・・・

心の中が

重い漬物石でものせられたみたいに

重たく

暗いモヤモヤ~!

今では 放射能の危険を語ることがタブーのような

口にすると無視されたり

冷たい目で見られたり

増してや 「子供を放射能から守る会」の集まりに参加しようものなら

非国民(?)扱いだという



なんじゃ、そりゃぁ

それぞれ一人一人が決断すべきことになっている

避難するもしないも

自分次第

家族の中でさえ意見が違う

歯車の噛み合わない重たい自転車を

どこまでこいでゆかなければならないのだろう

子供たちの将来は?

結婚した若い二人の間の赤ちゃんは?

これから 結婚しようとしている若者たちの人生は

幸せは。。。。。。。

本当にどこにあるのだろう





どうしてあげればいいのか

言葉にさえ詰まる・・・・・・

それでも

姪の結婚式はなにもなかったかのように

明るく賑やかに 幸せそうに

うれしそうに終始微笑んでいたかわいい花嫁

その笑顔に 慰められたのは


わたしのほうだったのかも知れない




若い二人に幸あれと

祈る気持ちで

別れ際


私の手を強く握った年老いた父の涙に


胸が詰まり 言葉にできない思いが巡り


後ろ髪引かれる思いで




帰途についた







「ホントは、俺だって親族一同引き連れて、

 北海道に 移住したいよ。」

グッっと拳を握りしめながら

震災後すぐに電話で涙声で言った言葉を繰り返した

家長としての辛さが伝わって

胸が痛む・・・・・・

支える力がわたしにあれば

いいえ

今の現状で何ができるのか?????????

答えは



どこにも見つからない

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